発達障害の謎を解く 鷲見 聡 2015
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結論から
発達障害の大部分は多因子遺伝疾患である。
フォルスタインらによる双生児調査によってASD(自閉症スペクトラム、発達障害の一種)は遺伝子が原因、すなわち、生まれつきの特性と考えられるようになった。
また、家計内での伝わり方などの類似性によりASDは多因子遺伝子疾患と考えられるようになった。
疫学的研究からASDは増え続けていることがわかっている。
一口にASDといっても非常に多様なので、将来的にはASDという概念がなくなっててもおかしくない。
ASDが生まれつきの特性だからといってその特性が生涯変わらないわけではない。カナーの古典的自閉症にしても長期的な研究で改善がみられた例が(少数ではあるが)報告されている。
疫学的研究
疫学研究からみた自閉症スペクトラム
1960年代~70年代の調査によると0.04%~0.05%(1万人に4~5人)の有病率
1980年代になると0.1%(千人に一人)
1990年代になると0.2%
2000年以降0.6%~1.2%
ただし2000年代以前と以後では自閉症スペクトラムという概念が導入されたりASDの定義が変わったので単純比較はできない。
我が国では2.1%(筆者ら)
2012年韓国ソウル近郊で2.6%
バロン・コーエンによって自閉症スペクトラム指数という質問紙検査が導入された。
自閉症スペクトラムはどこまで増加するのか
4%の子供が自閉症スペクトラム(出典:そだちの科学)
厚生労働科学研究として実施された全国都市におけるASDの頻度調査において発生率4.2%、有病率5.4%
増加の理由について
定義の変化
古典的な自閉症から自閉症スペクトラムという概念へ。
一般集団の社会性能力の分布が全般的に低下している?
この考えは知的障害の分布の疫学的調査の結果から類推された。
あくまで推測であり特にエビデンスがあるわけではない。
原因について
環境か遺伝か(氏か育ちか?)
歴史的に見ると2転3転している
一つ気をつけなければいけないのは、自閉スペクトラムの原因は一つではないであろうこと
すなわち多数の原因があり、幾つもの道筋を経て、共通を示している可能性
1970年代のラターの認知・言語障害仮説をきっかけに様々な生物学的要因を探す研究が行われてきた。 ただしこれらはある人の自閉症の原因を説明できても他の人の自閉症の原因を説明できなかったりした。
ASDの原因は一つではないと考えられるようになった。
注目される遺伝要因説
フォルスタインらによる双生児調査。
ASDは遺伝する。
遺伝要因の種類
メンデル型遺伝病
単一の遺伝子が原因
多因子遺伝病
複数の遺伝子と環境要因の作用の累積によって発症する疾患
アルツハイマー病、高血圧、糖尿病などがある。(Wikipedia調べ)
家計内での伝わり方などの間接的証拠によりASDは多因子遺伝病と考えられるようになった。
多因子遺伝病なんだから環境要因も大きく関わってるんじゃね?(筆者の主張)
環境か遺伝か論争
遺伝か環境か、どちらかの要因しか絡んでないという前提で議論がされてきた。
しかし、近年の学術論争を振り返ると、「遺伝か、環境か」という二者択一の中で論争が続いてきた。そこには、遺伝と環境とは、別々の相反する要因であるという大前提があった。
環境論的立場から
1960年代から1970年代のアメリカ
自閉症の原因は親の育て方にあるという考えが優勢を占めていた。
当時のアメリカは、フロイトにより提唱された精神分析療法が興隆を誇っており、精神症状には必ずそれに遡って原因となる心的外傷が存在すると信じられていた。そして、心的外傷へのアプローチこそが、精神疾患の最も重要な治療と考えられていた。その考え方に基づき、「自閉症児は親に拒否されたために自分の殻に閉じこもってしまった子どもたち」と精神分析の専門家たちは解釈した。そして、拒否は攻撃をされたのだから、その裏返しの受容、すなわち、彼らを全面的に受け入れて彼らの心を開くことが最重要であると考えた。
ベッテルハイムの冷蔵庫マザー仮説。
日本で「自閉症・うつろな砦」という本で紹介されて広く広まってしまった。
ベッテルハイムの診療法により自閉症が治ることはなかった。
躾の機会を奪われたことによるマイナス面が子どもたちに残された。
そのため現在では否定されている。
母原病
1970年代に日本で話題になった。
親の育て方に問題があって、子どもの心身形成にひずみができ、その結果、子どもたちに喘息や胃潰瘍などの病気、過程内暴力などが生じるという主張である。
家庭教育支援条例
2012年日本のある自治体
この条例案には「乳幼児期の愛着形成の不足が軽度発達障害またはそれに似た症状を誘発する大きな要因である」「わが国の伝統的子育てによって発達障害は予防、防止できるものであり、こうした子育ての知恵を学習する機会を親およびこれから親になる人に提供する」と記載されていた。
memo:岡田 尊司の影響と思われる。
ワクチン説
1998年の英国ウェークフィールドらの報告
memo:その後撤回されている。
水銀説
2001年ベルナードらのグループ
その後否定意見が相次いだ。
遺伝論的立場から
大部分のASDに関しては多因子遺伝病と推測されている。
一部のASDに関しては、1つの遺伝子の異常、あるいは遺伝以外の要因によって発症すると推測されている。
ASDに関連する遺伝子もいくつか発見されている。
その多くはシナプスと関係する。
ただし一つひとつの遺伝子の変化の影響は非常に小さく、それのみでは発症に至らない場合が多い。
ASD児すべてに共通した遺伝子変化は見つかっていない。
これまでの研究では、なんらかの遺伝子変化が見つかったASD児は20%に過ぎない。
これは遺伝子研究がまだまだ途上である。
多くの人はなんらかの遺伝子疾患を持っている。
エピジェネティクスの考え方は、遺伝子が作用するかどうかは生後の環境が決めるというものである。
生後間もない時期のストレスによって、ストレス耐性遺伝子のスイッチが切り替わる。
そしてそのスイッチは一生変わることがない(三つ子の魂百まで)。
遺伝が全てを決定づけるという考え方は過去のものになった。
でもASDの研究では古い考えが残ってるように思われる。
著者の経験的にもASDの持ち主に環境が及ぼす影響は大きいのではと考えている(ただし推論にすぎない)。
ASD研究が難航している理由
エビデンスの少なさ。
間違った説を即座に否定することが困難。
倫理的な理由により比較対象研究が困難。
発達評価が難しいこと。
観察者の主観的な判断が入りやすいこと。
長期的なフォローアップの困難。
昨今の診断概念の大きな変化。
発達障害について
診断について
診断名については、医療機関の間での紹介状のやりとりをするときなどに使われるため、関係者全員が共通認識を持てるような明快な基準が必要とされた。
疾患の診断には主に以下のものが使われる。
原因
病態
症状
発達障害の診断については診断基準が原因を含むものから、症状のみを見るものへと徐々に変化してきた。
そのうち、一般人と発達障害者との間には明確な基準はないのではないかというスペクトラムの考えが考案された。
最新のDSM-5では、社会的コミュニケーション症が加わっている。
これは、コンティ・ラムセンや、レイファーらの調査により、DSMの基準を満たさないけれど自閉的な傾向のある児童の報告が上がってきたからである。
彼らとASDとの違いは、極端なこだわり行動の有無である。
フランセスカ・ハッペらは「自閉症を1つの説明でしようとすることを諦める時が来た」と主張している。
さらに最近では、ASD症状を主要3徴候(詳しくは自閉症参照)とする考え方も揺らいでいる。 総論
発達障害は根本的に治らなくても、早期介入によって不適応行動や精神疾患の予防は可能である。
”予防医学的な視点”からの取り組みが必要なのである。
カナーは、子どもへの過剰な期待を慎み、子供の自己肯定感を育むことに努め、愛情を持って接することが重要と言っている。
将来、「自閉症」という言葉は医学用語として消滅しているかもしれないが、子どもたちの発達にとって最も大切なことは、いつの時代になっても変わらないだろう。
感想
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